大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和60年(ワ)1329号 判決

原告 株式会社 大和銀行

右代表者代表取締役 安部川澄夫

右訴訟代理人弁護士 眞鍋能久

同 野田英二

右訴訟復代理人弁護士 紺谷宗一

被告 萬海航運股有限公司

右代表者負責人 陳朝傳

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 志水巖

同 山本光太郎

主文

1  被告ファーストマリン株式会社は、原告に対し、金一九四四万三九九四円及びこれに対する昭和五九年一〇月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告萬海航運股有限公司に対する請求を棄却する。

3  訴訟費用は、原告と被告ファーストマリン株式会社との間においては、原告に生じた費用の二分の一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告萬海航運股有限公司との間においては全部原告の負担とする。

4  この判決の一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金一九四四万三九九四円及びこれに対する昭和五九年一〇月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、大阪市に本店を置き銀行法に基くいわゆる都市銀行である。

被告萬海航運股有限公司(以下単に「被告万海航運」という。)は、中華民国台北市に本店を置き国際海上運送等を営業目的とする海運会社であり、被告ファーストマリン株式会社(以下単に「被告ファーストマリン」という。)は、神奈川県に本店を置き、主に被告万海航運を運送人とする国際海上運送の日本における出入港手続・荷役手配・陸揚荷渡等の海運運送に関する法律及び事実行為を、被告万海航運に代って代理代行する船舶代理店業を営む会社である。

2  原告は、被告万海航運発行にかかる別紙船荷証券目録記載の船荷証券三通(以下、一括するときは「本件船荷証券」と、個別するときは「本件(一)、(二)、(三)の船荷証券」のようにいう。)を、本件(一)の船荷証券は昭和五九年九月六日に、本件(二)の船荷証券は同月二二日に、本件(三)の船荷証券は同年一〇月八日に、それぞれ交付を受けて所持している。

3  本件(一)ないし(三)の船荷証券に表示の商品(以下、一括するときは「本件商品」と、個別するときは「本件(一)、(二)、(三)の商品」のようにいう。)は、順次指定陸揚港の神戸港に到着し陸揚げされたのであるが、被告ファーストマリンは、本件商品の輸入商である株式会社クロス(以下単に「クロス」という。)の求めに応じ、本件船荷証券と引換えることなく、本件(一)の商品を同年九月七日に、本件(二)の商品を同月一四日に、本件(三)の商品を同年一〇月四日に、それぞれクロスに引渡した。

4  被告ファーストマリンは本件商品をクロスに引渡したことにより、原告の本件船荷証券に基づく本件商品の引渡請求権の行使を不能ならしめた。この場合、被告万海航運の海上運送代理店で運送取扱を業としている被告ファーストマリンは、本件船荷証券が発行されていることを承知していたのであるから、本件船荷証券と引換えでなく、証券の表示する本件商品をクロスに引渡した行為は、本件船荷証券の所持者である原告が有する本件商品に対する所有権を侵害することになり、原告に対して不法行為となるから原告の被った損害を賠償する責任を負う。

5  被告万海航運は、被告ファーストマリンを日本における唯一の継続的かつ包括的な代理店として海上運送に関する業務を委ねていたものであって、被告ファーストマリンの実体は被告万海航運の日本における営業所と同一である。従って被告ファーストマリンが代理店としての業務の執行としてなしたクロスに対する本件商品の引渡につき、被告万海航運は被告ファーストマリンの使用者として民法七一五条に基く使用者責任を負う。

仮に被告ファーストマリンが主張するように、同被告の行った本件船荷証券と引換えでない本件商品の引渡が被告万海航運の一般的指示に従ってなされたものであるならば、被告万海航運は被告ファーストマリンと共に原告に対する共同不法行為者というべきであり、原告の被った損害を賠償する責任がある。

6  原告が本件商品の引渡を受けられないために被った損害は、本件商品の価格相当額であるが、その額は次のとおりである。

本件商品の荷主の送り状価格は、本件(一)の商品が一万四四〇〇ドル、(二)の商品が二万八五六〇ドル、(三)の商品が三万六二六〇ドルであるところ、右ドル建価格を被告ファーストマリンが本件商品をクロスに引渡した日(不法行為時)の為替の基準相場によって日本円に換算すると、別紙損害一覧表記載のとおりの換算価格となり、その合計額は一九四六万一二四二円となる。

7  よって、原告は被告らに対し、原告の被った右損害金額のうち、各自金一九四四万三九九四円及びこれに対する本件不法行為の日以後の昭和五九年一〇月八日から支払ずみまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、被告万海航運が本件船荷証券を本件商品の荷送人に対して発行したことは認めるが、原告が本件船荷証券の所持人であることは不知。

3  同3の事実中、本件商品の入っているというコンテナが神戸港に到着し陸揚げされたこと、クロスが本件商品の輸入商であること、被告ファーストマリンが原告主張の日にクロスに対し本件商品の入っているというコンテナを本件船荷証券と引換えることなく引渡したことは認める。

4  同4の事実は争う。

もともと本件船荷証券の所持人である原告に対して本件商品の引渡義務を負担するのは船荷証券発行者の被告万海航運であって被告ファーストマリンではない。船荷証券発行者の代理店は船荷証券所持人に積荷を引渡すべき義務を負担せず、委任者の指示する者に引渡せば足りる。すなわち代理店は委任者の指示する者に積荷を引渡す義務を委任者に対して負っているにすぎない。本件において被告万海航運は被告ファーストマリンに対し、積荷を船荷証券と引換えに引渡すことが一般原則とするも乙仲業者の保証書を取得した場合は積荷を顧客に引渡すことを許容し指示していた。被告ファーストマリンは被告万海航運の与えた一般的指示に従い、本件商品をクロスに引渡すに当り、乙仲業者の佐野運輸株式会社(以下「佐野運輸」という。)から保証書を取得している。従って被告ファーストマリンは本件商品の引渡に過失はない。

5  同5の事実は争う。

被告ファーストマリンは被告万海航運の日本における総代理店であるが、別個独立の日本法人であって、両者間に資本関係も特別な人的関係もない。被告万海航運は被告ファーストマリンに対し、代理店契約による契約上の拘束力を有しているが、同被告の個々の従業員に対する指揮監督権を有するわけではないから、民法七一五条に基く使用者責任を負うことはない。

6  同6の事実は争う。

なお外国通貨の日本円への換算は最終の口頭弁論期日の為替相場によるべきである。

三  抗弁

1  原告は被告ファーストマリンが本件商品をクロスに引渡すことを承認していた。

クロスは本件商品を輸入するに当り、原告に商業信用状の開設を依頼し、原告はクロスから総額二〇〇〇万円を下らない担保を提供させてこれを発行し、信用状に基づき本件商品の輸出先に対してクロスのため本件商品代金を支払い、右代金相当のクロスに対する融資金をクロスによる本件商品の転売代金から逐次弁済を受けることと予定していた。本件船荷証券以外の何通かの船荷証券にかかる原告のクロスに対する輸入融資金はすべて右の方法で弁済されている。原告が被告らに本件船荷証券を呈示したのは昭和六〇年八月五日であるが、原告は本件商品がクロスに引渡されたあと、その事実を知りながら、一一ヵ月もの間、被告ら又はクロスに対して本件商品の引渡を請求しなかったのは、本件商品がクロスに引渡されることを承認していたからである。

ちなみに、クロスは本件の商品を昭和六〇年八月当時所持していたので、被告ファーストマリンは原告にこれを指摘し、クロスからその引取を要求したのに、また原告はクロスとの融資契約に基づき引取りを容易になしうるのに、その引取をしないのはこの間の事情を物語る。

2  原告は本件商品の引渡し後一一ヵ月も経過した昭和六〇年八月五日に被告らに本件船荷証券を呈示して本件商品の引渡しを求めるのは、前記1の事情から信義則に反し許されない。

3  仮に原告に被告らに対する損害賠償請求権があるとしても、原告は本件商品の引渡後にクロスとの間の融資契約に基づき、自らの被る損害を軽減する手段があったのに、その手段をとらず、損害軽減義務に違反した。従って被告らに対しその損害賠償請求は許されない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、被告ファーストマリンが本件商品をクロスに直接引渡すことを原告において承認していたとの事実は否認する。

2  同2、3の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実、被告万海航運が本件船荷証券を本件商品の荷送人に対して発行したことは、いずれも当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告は本件船荷証券をその主張の日に本件商品の荷送人から交付を受けて所持するものであることが認められる。

二  本件商品の入っているというコンテナが神戸港に到着し陸揚げされたこと、被告ファーストマリンが原告主張の日に本件船荷証券と引換えることなく本件商品の輸入商であるクロスに対し本件商品の入っているというコンテナを引渡したことは被告らの自認するところ、本件商品の入っているというコンテナは、他に特段の事情の認められないかぎり、本件商品を入れたコンテナと認めるのが相当であり、被告らにおいて右特段の事情について主張立証がないのであるから、被告ファーストマリンは本件商品をクロスに引渡したと認めなければならない。

ところで被告ファーストマリンが本件船荷証券と引換えることなく本件商品をクロスに引渡した経緯につき、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  実際に本件商品の陸揚荷渡しの運送業務を取扱ったのは被告ファーストマリンの神戸営業所(所長鳥居準)であるが、もとより同被告は本件船荷証券が発行されていることは承知していたところ、本件船荷証券と引換えないで本件商品をクロスに引渡したのは、いわゆる保証渡によったものである。すなわち、海上運送を利用する物品運送において、運送品が陸揚港に到着しているのに、発行された船荷証券が運送品の本船便に間に合わず届くのが遅れたりして、運送品の荷受人にとって船荷証券未入手の事態が生じているときに、なお荷受人に運送品の引取りを急ぐ事情がある場合、荷受人は運送業者に対して船荷証券と引換えなしで運送品の引取を要求してくることがあり、この場合運送業者は荷受人から荷受人自身の保証状(L/Gと俗称される。)或いは荷受人に信用を供与する銀行を入れた銀行の保証状を徴したうえ、荷受人に対し運送品を仮渡することがあり、保証渡といわれるのであるが、物品の引渡を受けた者は、船荷証券を入手次第これを運送業者に返還することを約束するとともに、もしこれを返還しえない結果、そのために運送業者が被ることあるべき一切の損害を填補すべきことを約束するのである。そして右保証状には、荷受人自身が保証したにとどまるいわゆるシングルL/Gと、銀行を入れて銀行の保証するバンクL/G又はダブルL/Gがある。

2  被告ファーストマリンは、昭和五八年一二月中、被告万海航運運に対し、運送品のシングルL/Gによる保証渡につき、①一部上場及び二部上場の顧客については、シングルL/Gを受領することを認める。②他のシングルL/Gについては、乙仲業者が(共同責任により)保証したものを受領することを認める。③以上の受領に当り被告ファーストマリンは顧客の財務状態を常に注意するなどといった提案をなし、被告万海航運は被告ファーストマリンの右提案に同意し、同被告のこれまでの実績からシングルL/Gの問題で被告万海航運が損害を被ったこともないので、被告ファーストマリンが右提案どおりの手続をとって保証渡をすることに同意していた。

3  被告ファーストマリン神戸営業所は、クロスの要請により同社に対し本件商品を引渡すに当り、クロスの保証状のほか、乙仲業者の佐野運輸からも、本件船荷証券に対応し、船積書類未着につき本件商品荷受人のシングルL/Gで本件商品を引取るが、引取後に生ずる事故に関しては荷主のクロスと佐野運輸で一切の責任を負担し、被告ファーストマリンには迷惑をかけない。船荷証券入手次第直ちに同被告に差入れる旨の念書(保証状)の差入れを受けていた。

4  クロスは本件商品を含む商品の輸入につき、原告(長田支店扱い)に信用状の開設を依頼し、いわゆる輸入ユーザンスの供与を受けて商品の輸入をはかったものであり、本件船荷証券のほかにも船荷証券の発行されている輸入商品があって、クロスは、被告ファーストマリンのほか、他の運送代理店業者からも、いずれも船荷証券と引換えでなく保証渡によって輸入商品の引渡を受けたものであるところ、殆どの輸入商品については、原告に対して輸入ユーザンスの決済をなしえて対応する船荷証券の交付を受けえたけれども、本件商品を含む一部の輸入商品については、原告に対して輸入ユーザンスの決済をしなかったので、対応する船荷証券の交付を受けることができず、そのままに放置した。

もとより原告はクロスに対して輸入ユーザンスの決済を請求し続けたが、決済がなされなかったので、昭和六〇年六月下旬頃からクロス及び被告ファーストマリンに対し、原告の所持する船荷証券に表示する輸入商品に関し、その状況の把握と商品引渡の交渉が始まり、結局原告は、同年八月五日にいたり、クロスが決済をなしえなかったので、クロスに交付することなく原告が所持するままにいたった本件船荷証券に基づき、被告ファーストマリンに対し、本件商品引渡の請求に及び、本件商品の引渡が不能であるならば、本件商品の代金額相当の損害賠償を請求すると主張するにいたった。

5  一方、クロスが本件商品と同様に輸入した同種商品を海上運送した正福汽船株式会社の代理店日本運輸株式会社においても、クロスのシングルL/Gにより、船荷証券と引換えでなく、クロスに引渡してしまった輸入商品があり、結局原告から日本運輸株式会社に対して船荷証券に基く右輸入商品の引渡を請求したところ、同会社は原告にその引渡をなしえなかったので、原告との間で、右船荷証券に表示する輸入商品の代金額相当の金額を損害賠償として原告に支払う旨の約定が成立した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

三  右認定の事実によれば、被告ファーストマリンは、本件船荷証券が発行されこれを所持する者がいることを知りながら、本件船荷証券と引換えることなく、いわゆる保証渡によって本件商品をその輸入商のクロスに引渡したものといわなければならない。

ところで、船荷証券のようないわゆる物品証券は、証券に記載されている物品自体の引渡請求権を表彰しているのであるから、証券が発行されれば、荷送人及び荷受人の権利は証券所持人に吸収されることになる。そして元来船荷証券は裏書により自由に移転して流通するものであり、その所持人は何時でも証券の表彰する物品の引渡を求める権利を有する。従って運送人又はその代理店において、船荷証券と引換えることなしに証券の表彰する物品の引渡をすることは、証券の所持人に対する関係においては違法性を免れないというべきである。運送人又はその代理店がいわゆる保証渡によって証券所持人以外の者に物品を引渡したからといって右違法性が阻却されることはない。(保証渡を受ける者との間に保証渡の契約が有効視されるにしても、証券所持人に対する関係においては保証渡は違法と目される。)

そこで、本件において、被告ファーストマリンが本件船荷証券と引換えることなく本件商品をクロスに引渡したことにより、本件船荷証券の所持人である原告に対し、結局本件商品の引渡をなしえなかったことは、原告の本件商品引渡請求権の行使を不能ならしめ、ひいて原告の本件商品に対する本権(所有権)を侵害したことになるから不法行為に該るといわなければならない。

被告らは、船荷証券発行者の被告万海航運の代理店である被告ファーストマリンは、委任者の被告万海航運の指示する者に本件商品を引渡せば足り、本件船荷証券所持人の原告に本件商品の引渡義務を負担しないと主張する。もとより被告ファーストマリンは被告万海航運の代理店であって、両者の間に委任又は準委任の性質を有する代理店契約が存することであろうが、もともと代理店(代理商)は企業者と独立対等の関係に立ってその業務を行い、自ら海上運送にかかる本件商品の荷捌きを取扱うものであるから、本件船荷証券所持人に対して本件商品の引渡義務を履行すべき責任を負うものであり、委任者の指示に従うことは委任者受任者間の内部関係の事柄に属する。してみると被告らの該主張は理由がない。

四  そこで被告らの抗弁1、2について。

被告らは、まず原告は被告ファーストマリンが本件商品をクロスに引渡したことを承認していたと抗弁する。

なるほど、本件弁論の全趣旨によれば、運送人又はその代理店による海上運送物品の荷受人に対する保証渡は商慣行といえること、従って原告においても被告ファーストマリンのクロスに対する本件商品の保証渡を知っていたことを窺えるのであるが、たとえ、本件船荷証券の所持人の原告が右保証渡を知っていて証券を取得したものとしても、被告らは保証渡を抗弁として原告に対抗することはできない。けだし、船荷証券の所持人は、運送人に対し、証券の記載に従った運送品の引渡を請求しうべく、運送人には反対の立証は許されない(証券の債権的効力)。そこで船荷証券が発行されている以上、運送人又はその代理店がこれと引換でなく運送品を引渡すときは船荷証券所持人の権利を害することになり、そのこと自体運送品の引渡に関する過失の存在を認めうべく、運送人又はその代理店の債務不履行或いは不法行為の責任を免れないのであり、証券所持人が保証渡の事実を知っていたからといって、証券はその債権的効力により依然として運送人に対する運送品引渡請求権を表彰しているのであるから、所持人の権利が消滅することはないというべきである。保証渡は証券所持人に対抗しうる抗弁とはならない。

してみると被告らの右抗弁は理由がなく採りえない。

次に、被告らは、原告において本件商品の引渡し後一一ヵ月も経過した後に本件船荷証券を呈示して本件商品の引渡しを求めるのは信義則に反し許されないと抗弁する。

しかしながら、前記のとおり、船荷証券の発行されている運送品のいわゆる保証渡は、後日荷受人から運送人に対し船荷証券を入手次第返還することが予定されたものであるところ、本件において、クロスから被告ファーストマリンに本件船荷証券の返還が実行されないのであるから、同被告は本件船荷証券所持人から証券を呈示して本件商品の引渡を請求される可能性のあることは当然に予期しなければならないことである。そうであれば本件船荷証券所持人の原告の本件船荷証券による本件商品の引渡請求は、当然の権利行使であるから、これが本件商品の保証渡の時期から日時を経過しているからといって、これを捉えて信義則に反するということはできない。被告の該抗弁は理由がない。

五  進んで被告万海航運の不法行為責任の有無につき検討する。

原告はまず被告万海航運に民法七一五条による使用者責任があると主張する。なるほど被告ファーストマリンは被告万海航運の代理店であること、両者の間に委任又は準委任の性質を有する代理店(代理商)契約が存することであろうが、もともと代理店(代理商)は、企業者に対し継続的にその取引の代理又は媒介の業務を行うものであるけれども、企業者に従属するわけのものではなく、独立対等の関係に立って業務を行うものである。従って、両者の間に特別の指揮監督の関係が存するならば格別、そうでない場合、代理店契約関係が存するからといって、被告万海航運は被告ファーストマリンの使用者であるということはできない。本件において、被告万海航運と被告ファーストマリンとの間に特別の指揮監督の関係が存することの立証はないから、被告ファーストマリンが行った前記不法行為につき、被告万海航運が使用者責任を負ういわれはない。原告の該主張は採ることができない。

次に、原告は、被告ファーストマリンの行った本件船荷証券と引換えでない本件商品の引渡が被告万海航運の一般的指示に従ってなされたものであるから、被告万海航運は被告ファーストマリンと共に原告に対する共同不法行為の責任を負うと主張する。

なるほど、前記認定のとおり、被告ファーストマリンのクロスに対する本件商品の引渡はいわゆる保証渡によったものであり、保証渡それ自体については被告万海航運から被告ファーストマリンに対して一般的に同意を与え、その承認するところであったことが認められる。しかしながら被告ファーストマリンの行う海上運送にかかる物品の保証渡が被告万海航運の承認もしくは一般的指示に基くものであったとしても、保証渡それ自体は、まず被告ファーストマリンの判断裁量にかかるものであり(なお前記認定によると、被告万海航運の指示のうちに、保証状を受領して行う保証渡は荷受顧客の財務状態に注意することが掲示されている。)、かつ本件商品の保証渡は同被告が行ったもので被告万海航運が行ったものではないから、本件商品の保証渡を直ちに被告ファーストマリンと被告万海航運との共同不法行為に該るとみることはできない。してみるとこの点の原告の主張は採ることができない。

右の次第で、被告万海航運の原告に対する不法行為責任は、これを認めることができない。

六  そこで進んで被告ファーストマリンの不法行為により原告の被った損害につき判断する。

被告ファーストマリンは本件船荷証券所持人の原告に対して本件商品を引渡しえなくなったのであるから、運送品の本件商品を滅失したものといわなければならない。そしてこの場合の被告ファーストマリンの本件商品の滅失による原告に対する損害賠償の額は、本件商品の引渡あるべかりし日における到達地の価格によってこれを定めるのを相当とする。本件は船荷証券が発行されているのであるが、被告ファーストマリンが本件商品をクロスに引渡した日は、証券の発行日に照らし、もはや証券所持人から証券の呈示をなしえて引渡しを求めた日とみることができるから、同被告が本件商品をクロスに引渡した日の到達地の価格によることになる。

そこで、《証拠省略》によれば、本件商品の送り状価格は、ドル建であるが、原告主張の金額であること、右ドル建価格を被告ファーストマリンが本件商品をクロスに引渡した日の為替の基準相場によって日本円に換算すると、(一)商品については、原告主張の基準相場、換算価格となるが、(二)の商品については、基準相場は一ドル当り二四四・九五円であるので、換算価格は六九九万五七七二円、(三)の商品については、基準相場は一ドル当り二四六・五〇円であるので、換算価格は八九三万八〇九〇円となること、従って本件商品の右引渡し日における基準相場によって日本円に換算した価格は、合計一九四五万八七〇二円となることが認められ、その反証はない。

してみると、被告ファーストマリンは原告に対し、不法行為による本件商品の滅失による損害賠償として、金一九四五万八七〇二円を支払うべき義務がある。

七  被告らの抗弁3について。

被告らは、原告において自らの被る損害を軽減する手段があるのにその手段をとらなかったのであるから、その損害賠償請求は許されないと主張するが、原告における損害軽減の手段の存在或いは被告ファーストマリンの不法行為による本件商品の滅失について原告自身にも過失のあることを的確に認めるに足る証拠はない。してみると該主張は理由がない。

八  以上の次第であるから、原告の本訴請求中、被告ファーストマリンに対し、前記損害額のうち金一九四四万三九九四円及びこれに対する不法行為の日以後である昭和五九年一〇月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は理由があるから、これを認容することとし、被告万海航運に対する請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 坂詰幸次郎)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例